#author("2020-01-19T18:14:46+09:00","","")
#author("2020-03-04T00:32:57+09:00","","")
*ボルバル・マスターズ [#k2c93601]

[[聖拳編]]から[[転生編]]期の[[環境]]があまりにも[[《無双竜機ボルバルザーク》]]に支配されていたことを皮肉って作られた言葉。その環境の荒らしっぷりは、《ボルバルザーク》が[[プレミアム殿堂]]に指定されてから10年以上経つ現在でも類を見ず、デュエマ史上最大の暗黒期と呼ばれることもある。

2004年6月26日に[[DM-10 「聖拳編(エターナル・アームズ) 第1弾」>DM-10]]の発売とともに登場。当初は、「自分はゲームに負ける」という[[デメリット]]能力が重く見られ、評価が低かった。しかし、[[エクストラターン]]の獲得によって負ける前に勝利できることがほとんどであったため、その強さが知れ渡るとともにこの[[カード]]の採用率も大きく伸び始めた。結果、その年の夏から冬にかけ、[[公式大会]]や[[公認大会]]などでこの[[カード]]を使った[[デッキ]]が上位を独占することとなる。

当時の防御札は[[ブロッカー]]や[[S・トリガー]]、後に登場した[[S・バック]]程度しかなく、《ボルバルザーク》の猛攻を防ぎきるのは非常に難しかった。《ボルバルザーク》単体ですでに4打点分であり、[[S・トリガー]]封印や非常に汎用性の高い[[《母なる大地》]]の存在も相まって、真っ向から安定して受け切るのは不可能だったといってもよい。

2005年春の[[公式大会]]であるSCB及び同時期の各地の公認大会など、ボルバルは圧倒的な[[カードパワー]]で暴れ回っていた。

特にSCB関東大会([[DM-13]]環境)ではオープン・レギュラーの上位16人がすべてボルバル系列デッキだったという悪夢としか言いようのない結果が出ていた。
//ここまで増えていた時期ならば、むしろボルバルを使わなくとも[[S・トリガー]]超満載デッキなら上位にいけたかもしれない。
//《呪紋の化身》が《母なる大地》から呼べた環境なので・・・

ボルバルの[[エクストラターン]]の条件は[[バトルゾーン]]に出すだけと非常に緩く、[[火]]と[[自然]]が[[タッチ]]できるならば、[[ビートダウン]]だろうが[[コントロール]]だろうが非常に多くのデッキで採用することが可能だった。
逆に、余りにも手軽に使用できることから、ボルバルの入れられない[[デッキタイプ]]や、ボルバル以外の[[フィニッシャー]]の多くは、その存在意義を失うこととなってしまった。

また、《ボルバルザーク》を[[マナゾーン]]から引っ張り出せる[[《母なる大地》]]に加え、後に[[ウィニー]]を掃除して[[手札]]に変換する[[《炎槍と水剣の裁》]]、[[S・トリガー]]を封じる[[《無双恐皇ガラムタ》]]、[[ドローソース]]の[[《トリプル・ブレイン》]]といった相性のいい[[カード]]が立て続けに登場したこともあり、《ボルバルザーク》のメタ上の地位はより揺るがないものになっていった。

[[ビートダウン]]ならば無理やり[[自然]]を[[タッチ]]してでも[[《母なる大地》]]と《ボルバルザーク》を入れた方が強力になる程であり逆にそれができない[[デッキ]]は[[カードパワー]]で大差をつけられやすかった。[[【速攻】]]・[[【アクアンホワイトブラック】]]・[[【白青黒赤ライブラリアウト】]]は《ボルバルザーク》が活躍していた時期にもアイデンティティを保っていたが、それでも《ボルバルザーク》に太刀打ちできたことが少なく、しかも他の《ボルバルザーク》無しの[[デッキ]]はその存在意義を奪われ、[[デッキ]]の自由度が著しく狭まった。《ボルバルザーク》の持つ性質もあり、当時環境プレイヤーの疲弊や不満は高まっていった。

[[聖拳編環境]]では[[殿堂入り]]の筆頭候補だったが、2004年12月15日に[[殿堂入り]]したのは[[《アクアン》]]のみだった。おそらく登場からおよそ半年しか経っていなかったためであろうが、当時の暴れっぷりから考えればこれは多くの予想を裏切った。しかも、中途半端に《アクアン》だけを殿堂入りしてしまったがために【アクアンホワイトブラック】が消滅。これにより、以前にも増して《ボルバルザーク》の独裁体制はより確固たるものになり、環境は更なる悪化の一途をたどる。こうした処置も相まって非難が集中、《ボルバルザーク》の禁止カード化を求めて署名活動を行うカードショップまで現れるほどであった。

[[転生編]]に入ると、2005年7月15日にようやく《ボルバルザーク》は[[殿堂入り]]、デッキに1枚しか投入できなくなった。これにより、少しは環境が沈静化するとおもいきや、むしろこの1枚制限が却って更なる環境の悪化を招くことになってしまった。元々《ボルバルザーク》はゲーム中に2度以上使われることはほとんどないカードなので、結局先に出した者勝ちであることには変わりはなかった。そのため、今度はいかに《ボルバルザーク》を先に手札に持ってこれるかが勝負の鍵になり、[[サーチ]]を使えば1枚制限のデメリットを減らせることから、今度は[[コントロール]]を中心に使われ続ける。シールドに[[埋まって>埋まる]]しまうとサーチですら手札に持ってこれなくなるため、運ゲー要素が強まった。《ボルバルザーク》のデッキ同士の対決では、どちらか片方の《ボルバルザーク》がシールドに埋まってしまうと、そのプレイヤーはほぼ負けが確定してしまうという本末転倒な事態を招いてしまった。

殿堂入り後は、[[【ボルバルブルー】]]に[[闇]][[文明]]を加えた、[[【ボルバルブラック】]]の発展形である[[【除去ボルバル】]]が開発される。また、[[【ボルバルブルー】]]に当時に猛威を奮った[[《バジュラズ・ソウル》]]を加えた[[【バジュラズブルー】]]などの[[ビートダウン]]でも活躍を続けていた。

長らく[[環境]]のトップを走り続けた彼だが、ついに2006年3月15日、新設された[[プレミアム殿堂]]に指定されその役割を終えた。登場から禁止化までおよそ1年と9カ月だった。

**《ボルバルザーク》の問題点 [#y621b0b0]
《ボルバルザーク》が暴れていた時代は、デュエマ史上最大の黒歴史と呼ばれていたが、それは《ボルバルザーク》が強すぎるというのももちろんだが、それ以上に[[殿堂入り]]、[[プレミアム殿堂]]までにかかった期間の長さもあるだろう。《ボルバルザーク》が誕生してから[[殿堂入り]]するまでの期間は1年、その後[[プレミアム殿堂]]に指定されるまでの期間は9か月と、実に1年9か月もの長期間に渡ってボルバル・マスターズは続いた。この期間中、ボルバル・マスターズに辟易としてデュエマを辞めたプレイヤーは数知れなかったため、《アクアン》と同時期に[[殿堂入り]]でもしていれば、デュエマ史上最大の暗黒期と呼ばれることがなかった可能性は高い。

また、このカード自身の「[[自分はゲームに負ける>特殊敗北条件]]」という[[デメリット]]能力を抱えていたことも問題であった。それは《ボルバルザーク》が出ると状況にかかわらず確実に[[ゲーム]]が終了させられるということであり、その時点で[[ターン]]が回ってこないことは絶対となるため、[[プレイヤー]]の間で非常に嫌がられていた。[[特殊敗北条件]]のデメリットも、好きなだけ[[カード]]をプレイしたあと、失敗したら勝手に自滅してしまうのだから、それで勝利した側もまるで面白くない。[[スパーク]]を使って[[《無双竜機ボルバルザーク》]]を受けきる戦術は当時から存在したものの、結局それも相手が「ボルバルで自滅した」だけに終わってしまう。ボルバルが出された以上、負ける以前に自分で勝つ権利すら失われてしまうのである。
また、このカード自身の「[[自分はゲームに負ける>特殊敗北]]」という[[デメリット]]能力を抱えていたことも問題であった。それは《ボルバルザーク》が出ると状況にかかわらず確実に[[ゲーム]]が終了させられるということであり、その時点で[[ターン]]が回ってこないことは絶対となるため、[[プレイヤー]]の間で非常に嫌がられていた。[[特殊敗北]]のデメリットも、好きなだけ[[カード]]をプレイしたあと、失敗したら勝手に自滅してしまうのだから、それで勝利した側もまるで面白くない。[[スパーク]]を使って[[《無双竜機ボルバルザーク》]]を受けきる戦術は当時から存在したものの、結局それも相手が「ボルバルで自滅した」だけに終わってしまう。ボルバルが出された以上、負ける以前に自分で勝つ権利すら失われてしまうのである。

[[環境]]がたった一枚の[[フィニッシャー]]に牛耳られてしまうことはしばしばあるものの、《ボルバルザーク》の場合、「[[殿堂入り]]、[[プレミアム殿堂]]に指定された時期があまりにも遅すぎる」「[[デッキ]]や[[カード]]の選択肢を著しく狭める」「出すと間違いなく[[デュエル]]が終了し、使われた側の自力で勝つ要素が失われる」の三点を兼ね備えている点で他の凶悪[[フィニッシャー]]と一線を画していると言えよう。

-[[ボルバル・マスターズ]]の反省か、[[環境]]を一色に染め上げるような[[カード]]、[[デッキ]]の規制には運営側も積極的な姿勢を見せるようになった。
例えば、[[《ボルメテウス・サファイア・ドラゴン》]]を1年足らずで一時期の間[[プレミアム殿堂]]になる、[[【ラストパトロール】]]が発覚した際には[[《アクア・パトロール》]]を[[プレミアム殿堂]]にする、[[【ターボロマネスク】]]が流行した際には[[プレミアム殿堂コンビ]]を制定する、といった具合である。

-この言葉を語源として、[[デュエル・ロマスターズ]]、[[デュエル・マーシャルズ]]、キリコ・マスターズ、デュエル・バスターズ、[[ミッツァイル・マスターズ]]という言葉も作られた。とはいえ、あくまでそれらは「[[環境]]を染め上げるほど強かった」というだけであり、[[ゲーム]]の勝敗の起因すらもボルバル次第で1年9か月も続いたボルバル・マスターズは、やはりそれらとも一線を画して凶悪である。

-後にハンター版として登場した[[《ボルバルザーク・エクス》]]もボルバルザークの名に恥じない[[カードパワー]]を持つ。そちらも[[【エンペラー・キリコ】]]や[[【紅蓮ゾルゲ】]]、[[【Nエクス】]]で存分に暴れ回ったが、発売から10カ月ほどで[[殿堂入り]]となった。この期間を「第二次ボルバルマスターズ」と呼ぶこともある。
こちらは短期間で終了し、[[プレイヤー]]からも[[殿堂入り]]が丸わかりのスペックであったため、このような大騒動になることはなかった。
--[[《無双竜機ボルバルザーク》]]が歴史史上最大の悪名を残すことになったのは、その能力の強さよりも規制がかかるまでの歳月が長かったことが原因だろう。 

-余談ではあるが、この時期は遊戯王でも先攻1ターンキルが横行、「ジャンケンゲー」と揶揄された時期と重なり、デュエマに限らずTCG全体としても暗黒期であった。

**参考 [#x0fb5556]
//上位項目、関連する項目などへのリンクを各自で追加してください。
-[[用語集]]
-[[《無双竜機ボルバルザーク》]]